レーベル病の公費負担をめぐって  
 
井上眼科病院院長 若倉雅登

レーベル遺伝性視神経症(レーベル病)は,とくに青年期の男性に比較的突然,両眼の視力低下を生じる視神経症で,ほとんどは矯正視力が0.1未満になる。1985年に米国のグループがミトコンドリア点変異の存在を発見し,以後の研究でミトコンドリアDNAのうち,3460,11778,14484番の点変異のあるものが,この疾患の95%以上を占めることがわかってきた。つまり,ミトコンドリア病であることが確定したのである。
ミトコンドリア病には「ミトコンドリア脳筋症」と古くから呼称される病型があり,数万人の患者数があるとされ,眼科でも,慢性進行性外眼筋マヒや網膜色素変性を伴うものを診ることがある。こちらのほうは「ミトコンドリア病」として2009年10月から厚生労働省の定める難病(特定疾患治療研究事業対象疾患)になった。この特定疾患になっているのは,現在56疾患である。特定疾患であれば,治療費などの公費負担が認められる。
さて,「難病情報センター」というサイトは難病医学研究財団が厚生労働省からの補助および協力を得て開設しているサイトだが,そこには130の難病が紹介されている。これは,難治性疾患克服研究の対象になっている疾患ということらしい。
視覚系疾患では,「網膜色素変性」「加齢黄斑変性」「難治性視神経症」の3種類が掲載され,うち網膜色素変性症のみが公費対象となっている。驚いたことに,「難治性視神経症」の説明の項は,私が十数年前に「網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班」の班員であった当時,依頼されて書いた文章がほとんど改訂されないまま掲載されている。したがって,掲載されている内容が古い。現在の研究班が,網膜中心の研究になっていることが改訂が追いついていない理由かもしれない。
話が横道にそれた。ここで私が言いたいのは,同じミトコンドリア病であるにもかかわらず,レーベル病は公費対象となる「ミトコンドリア病」に入れてもらえていないことである。
「ミトコンドリア病」研究班のある班員に聞いてもらったところによると,「レーベル病」は視覚障害で公費対象になるからよいのだという認識だったそうだ。無論,これは公式見解ではないから批判するのには当たらないかもしれないが,レーベル病はすべて視覚障害者の対象になるわけではなく,また,治療がもっとも必要なのは視神経萎縮が完成する前の時期である。その時点ではまだ,法的な視覚障害者にはなっていないのである。
残念ながら,治療法は確立されていないものの,たとえばコエンザイムQ10製剤や,視神経の血流を改善する薬物が視力予後を若干改善させるというデータも散見される。今後は,ミトコンドリア機能に注目した治療研究が進むかもしれないが,そうした時,同じミトコンドリア病でありながらレーベル病はその恩恵を受けられなかったり,公費対象にならないために,患者の経済的理由で利用できないといった事実上の差別が発生する可能性がある。
視覚障害は視力などで厳密に判定される法律になっているため,そこに入らない視覚障害者が大勢出る。また,進行性の視力低下を余儀なくされる疾患では,障害者になるまで治療を待つわけにはいかない。
今の難病対策は,難病研究からの視点で行われ,診断基準を厳密に決めて,そこからはみ出る人は助けないという図式になっていることに,私はどうしても納得がゆかない。はみ出た人々が,どれだけ生活の質を落とし,どれだけ厳しい生活をさせられているのかという視点は,完全に欠けているのである。

(2012年 メディカ出版発行「眼科ケア」より)

 
 

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